恋は理屈じゃない
照れている私に気づいているのか、いないのか……速水副社長はそのままの体勢で話を続ける。
「それで彼氏とはどうなった?」
「あ、私の方からフッてやりました」
耳もとで囁かれる低い声がくすぐったい。ますます頬が火照るのを実感していると、速水副社長が笑みを浮かべる。
「よくやった。かわいい鞠花ちゃんなら彼氏のひとりやふたり、すぐにできる」
「いや、ふたりはマズイと思いますけど……」
失恋話を周りに聞こえないように声を潜めて話す速水副社長の気遣いをうれしく思いつつ、ツッコミを入れる。
「あははは、それもそうだな」
速水副社長は屈めていた上半身を伸ばすと、大きな口を開けて笑った。つられるように、私も吹き出してしまう。ふたりでクスクスと笑い合っていると、スタッフの杉山さんに呼ばれた。
「鞠花さん、ちょっとお願いします」
「あっ、今行きます!」
いけない。仕事中なのに、つい気が緩んじゃった……。
杉山さんのもとへ向かうために足を踏み出すと、後方から速水副社長に呼び止められた。
「須藤さん。忙しいのに邪魔して悪かったな」
「いいえ。お土産ありがとうございました」
足を止めて振り返ると頭を下げる。
「次の出張の時も土産を買ってくるから楽しみにしていてくれ」
「はい」
速水副社長が親切にしてくれるのは、私がお姉ちゃんの妹だから。チクリと胸が痛む。
なんだか私、速水副社長に振り回されているな……。
そんなことを思いながら、杉山さんのもとに行くと装花作業の続きに取りかかった。