恋は理屈じゃない
速水副社長を見送るために、母親と共に玄関に向かう。靴を履くと、玄関ドアを開けて彼が家から出るのを待った。
「速水さん、お忙しい中、ありがとうございました。お気をつけて」
「はい。それでは、失礼します」
母親と挨拶を交わして家を出た速水副社長の後を追いかける。今まで何度も彼の姿を見てきたけれど、こんなに背筋が丸まった後ろ姿を見るのは初めてだった。
「副社長!」
「ん? なんだ?」
アプローチを進む速水副社長が振り返る。口もとだけを上げて無理して微笑む彼の表情を見た瞬間、胸がズキンと痛んだ。
「お姉ちゃんとなにがあったの?」
「……鞠花ちゃんは感がいいんだな」
「だって副社長、すごく辛そうなんだもん」
憂いを帯びた速水副社長の瞳が、一瞬大きく見開かれる。
「そんな情けない顔しているのか、俺は……」
「……」
速水副社長はポツリと呟くと、暗がりが広がる空を見上げた。
普段は堂々としている速水副社長が初めて見せた弱さを目のあたりにし、なんて声をかけていいのかわからない。思わず黙りこくると、視線を戻した彼がため息交じりに言葉を吐き出した。
「鞠花ちゃん、俺は大丈夫だ。今はきっと蘭の方が参っている。だから蘭の傍についていてやってくれ」
お姉ちゃんのことを一番に思う速水副社長の言葉が、胸に突き刺さる。
「……はい」
なんでこんなに、モヤモヤするんだろう……。
自分の気持ちがよくわからないまま、速水副社長に返事をした。