恋は理屈じゃない
「蘭はダメだ」
私の提案を即座に否定した速水副社長の意見に納得いかない。
「どうしてですか?」
頭ひとつ分背が高い速水副社長の顔を覗き込めば、今まで監視するように私を見つめていた彼の視線がスッと逸れた。
「……模擬挙式であっても蘭が俺以外の男とヴァージンロードを歩くなんて、ダメに決まっているだろ」
速水副社長はあさっての方向を見つめながら、通った鼻筋を人差し指でポリポリと掻いた。
結婚披露宴会場から私を連れ出して花嫁役を押しつけようとする人と、目の前で照れを見せるこの人は本当に同一人物なの?
私に対する強引な態度とお姉ちゃんを溺愛する姿とのギャップに驚いていると、エレベーターがポンと音を立てて十五階に止まった。腕を掴まれたまま引きずられるようにエレベーターから降りると、そのままブライズルームに連れて行かれる。
「とにかく模擬挙式まで一時間しかない。須藤さん、さっきも言ったが、花嫁になってくれ。頼む」
「副社長……」
優雅な曲線が特徴的なロココ調の家具で統一されたブライズルームには、すでに四名の女性スタッフがスタンバイをしている。そんな中で速水副社長は私の腕から手を離すと、頭を下げた。
グランディオグループの副社長であり、将来、義理の兄になる彼にこんなことされたらもう断れない。けれど、心の準備が……。