恋は理屈じゃない
でもこの前の火曜日、ホテル・グランディオ東京の一のロビーを慌ただしく横切る速水副社長を見かけた時、笠原さんの姿が見あたらなかったことを思い出す。
「お姉ちゃん、笠原さんのこと、副社長に聞いてみようか?」
秘書の笠原さんについて、速水副社長が知らないはずがない。けれどお姉ちゃんは、首を左右に大きく振った。
「……速水さんには妊娠した事実を伝えて、お付き合いも白紙に戻してもらうようにお願いしたわ。でも父親が彰さんだとは打ち明けていないの」
「えっ、どうして?」
「だって……傷ついている速水さんをさらに追い込むようなこと言えなくて……」
脳裏に浮かぶのは、無理して微笑む速水副社長の顔。
ただでさえあんなに落ち込んでいるのに、お姉ちゃんのお腹の中の子の父親が、自分の秘書の笠原さんだと知ったら……
打ちひしがれる速水副社長の姿なんて、見たくない。
「わかった。父親が笠原さんだということは内緒にしておく」
「鞠花ちゃん、ありがとう」
「……うん」
速水副社長とお姉ちゃん、そして笠原さんの間になにがあったのかすべてを知った。しかし、これからどうすればいいのかわからない。
気持ちだけが空回りする中、ベッドに横になったお姉ちゃんの部屋からそっと出ると大きなため息をついた。