恋は理屈じゃない
今度こそ本当に帰ろうと思い、速水副社長に背中を向けた。その時、背後から不意に手首を掴まれる。
「キャッ!」
よろめきながら足を後退させると、ベッドの縁にふくらはぎがあたる。背中からひっくり返りそうになって焦っていると、逞しい腕がお腹にまとわりついた。そのまま大きな衝撃もなく、ベッドに倒れ込む。
いったい、なにが起きたの?
訳がわからずに呆然としていると、速水副社長の掠れた声が背後から響いた。
「ひとりにしないでくれ……」
「えっ?」
驚いて振り返ると、速水副社長の端正な顔が苦痛に歪んでいるのが見える。
「頼むから、ひとりにしないでくれ……」
瞳を閉じながらうわ言のようなことを繰り返す速水副社長の目尻には、薄っすらと涙が滲んでいた。
普段は自信に満ち溢れて堂々としている副社長が、こんな風になるなんて……。
自ら身体を反転させると、心に傷を負った速水副社長の広い背中に手を回す。
「大丈夫ですよ。副社長はひとりじゃありません。私が傍にいますから安心してください」
「……」
辛くて悲しい時は、思い切り泣いてください。寂しくてひと恋しいのなら、私が寄り添うから……。
速水副社長の腕が、私の身体をきつく抱きしめる。私の肩に額をつけて身体を震わせる彼に手を伸ばすと、子供をなだめるように頭をなで続けた。