スノー アンド アプリコット
俺が視線を投げると、二人は同じような顔をして口ごもった。
「さすがにユキくんに言わないっていうのは、まずいんじゃないかしら…」
「別に隠してるけじゃないわよ。」
「なんだよ?」
杏奈はさらりと言った。
「あたし、結婚するの。」
「ーーー……」
聞き間違い、か?
ありえない。
…思考が停止した。
結婚?
「は…?」
「だからもう、周りの男は全部切っとこうと思って。」
「………」
俺のただ事ではない沈黙に慌てたのは、誠子ママとキララのほうだった。
「ほら、だからちゃんと言っとかないとー!」
「そうよ、なんて薄情な娘なの?!」
「今言ったじゃない。」
「そもそも杏奈ちゃん、それ本気なの?」
「何よ、冗談でこんなこと言うわけないでしょ。」
「そりゃそうだけど…その人のこと、本当に好きなの?」
「好きなわけないだろ。」
そう答えたのは俺だった。
杏奈が誰かを本気で好きになるわけないだろ。だから俺は下僕の立場に甘んじていたのだ。
一瞬、死ぬほど後悔した。
「結婚ってなんで?」
「なんかプロポーズされたから。」
杏奈はこともなげに言う。
「そんなこと、俺が許すと思ってんのか?」
「なんであんたの許可が必要なのよ。」
杏奈が不愉快そうに言い捨てた。
そうだ。俺はタカをくくっていたのだ。
プツンと何かが切れる音がした。
憎い、と初めて思った。
どれだけぞんざいに扱われてもそれだけは思ったことがなかった。俺は杏奈が好きで好きで好きで、どうしようもなかった。だから傍に居続けるために何でもした。
その結果が、これか。
殺してやろうかーー
冗談でもなんでもなく、そんな思いが脳裏をかすめた。
「ちょっと、なんなのよ!」
気づけば俺は杏奈の腕を力任せに引っ張り、立ち上がっていた。
椅子から引きずり下ろし、抵抗されても構わず無理矢理ドアに向かって歩き出した。
「ちょっと、ユキくんっ…」
「あんた自分が何してるかわかってんの?!」
ああ、わかってる。俺はもうこうするしかない。冷静なのか、怒りで頭が沸いてるのか、もうそんなこともどうでもよかった。
「やばいんじゃないの? ねえ、ママ…」
背後でそんなキララの声を聞きながら、俺"レファム"のドアを後ろ手に閉めた。