スノー アンド アプリコット

見惚れたのと、何を言えばいいのかわからなかったので、俺は一瞬まごついたが、日差しを浴びてつやつやと輝く髪に桜の花びらが落ちているのを見て、身体が動いた。
手を伸ばしてそれをつまんで取ると、

「名前は?」

案外落ち着いた声が出た。そうだ。俺は向かうところ敵なしの御曹司なのだ。今だって遠巻きにだが人だかりができていて、見られている。俺は格好いいのだ。いつも通りやれ。
俺はそう自分に言い聞かせた。

「アンナ。」

杏奈がつまらなそうにそれだけ言った。そこで俺は悟って、退いていれば良かったのだ。
誰もが羨望の眼差しを浴びせる美少年だった俺は、年上だろうが性悪だろうが、俺に落ちない女などこの世にいないと信じきっていた。子どもだった。

「アンナ。またいつでも乗せてやるよ。」

魅惑的な笑顔を作り、顔を寄せ耳元に囁いた。
きゅんとさせるとっておきの技だ。この俺がこんなことを言ってやってるんだ。ときめくだろ?
俺は自信満々だった。

だが。

「ふうん、そう。」

杏奈はちらりと俺を見て、そっけなく頷いただけだった。
それから俺になんの興味も持たず、折って短くした紺色のスカートを翻し、白く輝く太ももをさらしながら、悠然と校舎に向かっていった。


…今ならわかる。
俺は確信している。
この時、杏奈の中で、俺は新天地での下僕第一号に決まったのだ。



あれから、10年―――……












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