スノー アンド アプリコット
逃亡
本気だ。
あたしは思った。こんなユキの顔、見たことない。
何が起きてるかわからない、なんて悠長なことを言っている場合じゃなかった。
苛立ちと怒りで燃えた瞳の奥に光るものが何なのか、あたしは知っている。たくさんの男が、それをあたしに向けてきた。
欲情。
なんでユキが、あたしに?
「…っ、強姦で訴えるわよ! 東条総合病院の一人息子がそんなことになったら、あんたのあのお上品なママが泣くでしょうね!」
「…強姦?」
ゆらりと、ユキの両眼が揺れた。それから口元だけで笑った。
その手はもうあたしの胸をブラから取り出していた。
「へえ…」
どこか面白そうに呟いて、あたしの胸の重量感を愉しむように、やわやわと形を歪ませている。
「…強姦ねえ…いつまでそんなこと言ってられんのかな。」
言いながら、ユキは破いたあたしのブラウスを袖だけ腕に残して、余った部分をベッドのパイプにくくりつけた。あっけなく、あたしの両手は頭の上で固定された。
「なあ、俺は下僕なんだろ? だったら下僕らしく、奉仕してやるよ。」
「冗談じゃないわよ、あんた――」
「冗談じゃねえよ。」
ユキが遮った。低い声だった。
「いいから黙って抱かれろよ。溺れさせてやるから。」
「離せ、こんの、クソガキっ…!」
あたしの目を真っすぐ見つめたまま、ユキは掴んだ右足首を引き寄せた。それから、あたしの足の親指を、ゆっくりと舐め始めた。
「ちょっと…!」
指と爪の間まで、丹念に。親指の次は人差し指、中指…じっくり、味わうように、ユキは舐め続ける。
「頭おかしいんじゃないの?!」
「ああ、やっと気づいたの?」
ユキは歪んだ笑みを浮かべて言った。
「俺はお前に初めて会った時から、頭おかしいよ、ずっと。」
それから薬指、小指。隙間なく舐めてから、そのまま舌はふくらはぎを這いだす。
「っ……」
身体の奥で、かすかに官能が呼び起こされるのを感じた。
なんで。
なんで、ユキに、あたしが?