スノー アンド アプリコット
このアパートは朝の騒音に寛容だ。
そんな関係のないことをちらりと思った。
「どうしてわからないんだ!!」
「それはこっちのセリフよ!!」
思ったよりヒステリックな声が出てしまった。
部屋の中のユキにも聞こえるだろう。構うもんか。あたしは人生で一番、怒っている。
「親とは一生会う気はないって、あたし言ったわよね?!」
女に怒鳴られたことなんかないんだろう。
大倉は呆然として言葉を失った。
「……だけど……」
「だけど、何なのよ。」
「だけど、君の親じゃないか!!」
「だから何なのよ!!」
自分が正しいと思っている。
親を捨てたい子どもなんか、本当はこの世に居ないと思っている。
虫唾が走る。
「あたしが泣いて喜ぶとでも思ったの?! 頼んでもいないことして!!」
「なんでそんなこと言うんだ! 僕はっ…僕は、君を愛しているから!!」
「愛してるならあたしの言うことを信じなさいよ! 親には会いたくない、顔も見たくない、野垂れ死んでたら万々歳だって言ったのよ、あんたが愛してる、このあたしが!!!」
泣くもんか。
声が滲んだことすら、許せなかった。
「聞いてくれ、杏奈ーー」
「二度と名前を呼ばないで!!」
「聞いてくれ、君のお父さんは本当に悔いていたんだ! 泣いて謝りたいって、酷いことをしたって君にーー」
「そうよ、酷いことをしたのよ、娘を売ろうとしたの、そんな父親にあんたはあたしを会わせようとしたの!!」
「本当はお父さんだってそんなこと望んでいなかったんだ、話し合えばわかり合えるはずだよ、だって親子なんだから!」
「馬っっっ鹿じゃないの?!」
情けなくて、惨めで、今度こそ泣いてしまうと思った。
理不尽で、不条理で、滑稽で、馬鹿みたいな…
どうやってこれ以上、言葉にできるのか。
「あたしが…あたしがどんな思いでここまでーー」
「もういい、アン。」
背後でドアが開いて、声がした。
振り返らなくてもユキだなんてことはわかりきっていたのに、涙が溢れかけたあたしと、目が合ってしまった。
最悪だ。