スノー アンド アプリコット
「あーーっ、もう、疲れたちくしょう…」
俺は正真正銘疲れ切って、プラットフォームに寝転がった。
杏奈も徹夜明けの上泣き疲れて、ぼうっとした顔で座り込んだままだ。
しばらく無言でそうしているうちに、やがて次の電車を待つ乗客がポツポツとやって来たから、俺たちはよろよろと立ち上がった。
二人してボロボロだった。
それでもいいんだ。
「…帰ろうぜ。」
俺たちの住む、あのボロアパートに。
杏奈はこくりと頷いた。
また始めるんだ、変わり映えのしない、二人の日々を。
俺はひっくり返ったスーツケースを引っ張り上げて転がす。
「重っ、何入ってんだ、これ。」
「とりあえず数日暮らせるぶんの荷物よ。だいぶ色々捨てちゃったのよ、あーあ、買い直さなきゃ、でもとりあえず今日は仕事行かなきゃ。」
「行くのかよ! 辞めるつもりじゃなかったのか。」
「引っ越さないなら辞めなくていいじゃない。大体、なんであんたあたしが居ないことに気づいたのよ。何の為にこっちが寝ないで準備したと思ってんの、空気読んで寝てなさいよ、おとなしく。」
「お前は詰めが甘いんだよ、詰めが。」
「よく言うわよ。」
言い合いも、もはやいつもの勢いがない。
二人で意地になって延々罵り合いながら、駅を出て、自然に手を繋いだ。
「…あ。雪。」
アパートが見え始めた頃、杏奈が呟いた。
「あ? なんだよ。」
「雪よ。」
杏奈が曇り空を眩しそうに見上げた。
ぼんやりと朝陽が昇った空から、はらはらと。
ぼたん雪が降ってきた。
「長野ではねえ、よく雪降って。田舎なのにパチンコと闇金はあって、いいとこなかったけど、雪が降るとまあなんでも綺麗に見えるもんだなって、思ったわよ。」
「…そうか。」
そこで杏奈は、はたと俺を見た。
「あんた、コートくらい着てきなさいよ。寒くないの?」
「寒いに決まってんだろうが! それどころじゃなかったんだ、汗かいたし冷えて死にそうだよ! 風邪引いたらお前のせいだからな。」
「バッカじゃない?」
杏奈が赤くなった鼻先を鳴らして、おかしそうに笑った。
髪にふわりと雪の粒を乗せたそのあどけない横顔を見て、俺は愛しさが込み上げて。
「何よ、急に止まらないでよ。」
雪が舞う中、文句ばかり言うその唇に、屈んでそっと、キスをした。