スノー アンド アプリコット
エピローグ
「俺も行く。」
ユキが妙にドスのきいた、不機嫌な声音で言った。
「はあ? 何言ってんの?」
あたしはマスカラを塗る手を止めずに呆れて言う。
「行ってどうすんの? 何、同伴? まさかあんたと?」
「とにかく行く。」
行くってなんなのよ。
あたしはこれから昔働いていたキャバクラにヘルプで向かう。
今までもそんなことはあったのに、ユキは突然駄々をこねだした。
あたしは相手にしていなかったけど、本気らしい。
部屋を出る頃、ユキもブラックの仕立てのいいロングコートを羽織っていた。
…悪魔のようだ、と初めてユキを見て思ったのは、最初に抱かれた日だっけ。
こうして見ると、さらさらの黒髪に黒い目に黒いコートと黒づくめで、無駄な美形が際立って、本当に悪魔みたいだった。
ユキは外したおしゃれはしないタイプだけど、確かに目立つ。
ふーん、まあいいや。
あたし達は連れだってボロアパートを出た。
電車の中でもチラチラとユキは視線を浴びていたけど、それはまあいつものことだ。
様子がおかしくなったのは、新宿で降りて、歌舞伎町を歩き出してから。
「あっ? ジョーさん! お久しぶりっす!」
「おう。」
「ジョーさん! えっ、今日はどうしたんすか!」
「ちょっとこいつが出勤するっていうから、見張り。」
「え、ジョーさんが?」
次々にホストらしき男たちに話しかけられる。当然のような顔をして、ユキは応えている、けど。
「……ジョーって何?」
「あ? そりゃ、東条の、条だろ。源氏名だよ。」
「はあ? ダサっ。」
「うるっせえ、お前みたいになあ、本名でキャバクラやってるほうがよっぽどダセェよ!」
歌舞伎町のど真ん中で、いつもの調子でやり合ったら、注目を浴びた。