蒼の王様、紅の盗賊
『......人は過去を忘れることなんて出来ない。
でもその事実を認めようともしないで、ただ逃げている奴なんて―――ただの屑だ。自分だけが可哀想だとか、辛いだとか.....そう思っている奴は、ただ哀れなだけだ』
『そう。あんたみたいな奴は』
あれだけ他の侵入を拒み続けてきたシュリの鉄壁の心に、彼女は不思議な程に入り込んで来る。
だがグイグイと無理矢理に押し込んでくるわけではなくて、スゥーッと染み込んでくる。
心を抉じ開けるのではなく、彼の固く閉ざした心を解きほぐすような。
そんな感じだ。
それでいて、何処かシュリを蔑むような紅の視線。
何かを裏に隠したような、含みのある紅の瞳。
彼女の声。姿。言葉。
そして彼女の纏う紅。
全てが全て、シュリの中に深く刻まれる。
「俺は.....一体どうしてしまったんだっ!」
どうしても消えない彼女の姿に、シュリは誰も居ない静かな部屋で一人叫び声を上げる。
その叫びは戸惑いであり、最も憎むべき悪である彼女が消すことが出来ない自分への滞り。
怒鳴るような投げ遣りなその叫びは、何もない虚空を震わせて消える。
当然、その彼の叫びに答える者はない。
「―――ッ!」
ガシャーンッ。
答える声がない。
つまりシュリの叫びは誰にも受け取られずに彼の元に返ってきたわけで。
彼はそのやり場のない気持ちで、座る椅子の傍に置いてあった空の水差しを床に叩きつけるように薙ぎ払った。