蒼の王様、紅の盗賊
「..........奴はあの時、私が殺したはず。
あの盗賊の小娘が、奴であるはずなどない」
そうだ。
レストの記憶の中のその人物は、彼の記憶の中で死んでいるはずなのだから。
死んだ人物が、今になって彼の前に現れるはずなどない。
アスラ。
その名前だって、大して珍しいわけでもない。
紅い髪に紅い瞳を持つ者だって、捜せば幾らでも居るはずだ。
......偶然だ。
これは単なる偶然なのだ。
そう確信しているはずなのに、レストの心は何故か晴れなかった。
―――――ッ。
レストが不確かな確信に心の中の靄を濃くしていく中、周りに聳える半円のアーチの向こうに見える外の草蔭から何かの気配を感じて、レストの意識はその気配へと集中した。
数秒間、警戒しながら探るようにその草蔭を凝視する。
だがその警戒はほんの数秒で唐突に消え失せる。
そして解かれた警戒と入れ替わるように、彼の口元は厭らしく釣り上がった。
「――――何か報告か」
レストが草蔭に向かって静かに問い掛ける。
レストの翡翠色の隻眼が、何も見えない草蔭の奥の何かを見据える。
「――――――はい」
静かなレストの問い掛け。
その問い掛けに、暫しの沈黙を置いて答える声があった。