蒼の王様、紅の盗賊
「おや誰か病気なのかい?
大変だこと、ちょっと待っておいで。
すぐにお薬と何か栄養のつくものでも持ってくるからねぇ」
老婆はそう言い急ぎ足で家の奥へと走る。
老婆が消えた部屋の奥からはガチャガチャとした物音。
俺はその老婆の言葉に驚きつつ、その物音の先を呆然と見つめる。
視線の先には質素だが何処か温かみのある室内。
部屋の隅には座椅子と机があり、そこには編みかけの編み物と毛糸。
きっとあの老婆が今まで編んでいたのだろうと、フッとその姿を想像した。
「あったあった。
待たせてすまないねぇ。歳を取るとどうにも動くのが遅くなってしまってね。
さぁ、これを持ってお行き」
暫くして部屋の奥からまた老婆の姿。
その手には目的の薬と、パンや果物が抱えられている。
それを老婆は近くにあった布に包み、穏やかに笑って俺に差し出してきた。
「......どうしたんだい?
急いで居るんだろう?
早く薬が必要なその人の所に行っておやり」
老婆には、何の躊躇いも無い。
受け取った包みには、ずっしりとした重みがあった。
ただ俺に向けられるのは真っ直ぐすぎる善意。
俺が今まで向けられたことの無いものだった。
「........ありがとう」
俺は暫く口にしていなかった誰かに向ける感謝の言葉を、何年かぶりに自然と口にしていた。
それは小さい声だったが、相手に届いたらしい。
老婆は深く皺を寄せて笑った。
俺は受け取った包みを手に身を翻す。
そしてそのまま老婆に背を向けて、森に一人置いてきた彼女の元へと戻る。
人里と森の境目。
そこで俺はどうしても老婆の様子が気になって振り返ってみれば、老婆はまだこちらを向き俺に手を振っていた。
俺はそんな老婆に本当に軽くだけ会釈をして、森の中へと消えた。
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