興味があるなら恋をしよう−Ⅰ−
今、ファイルに戻そうとしてたのに。
「あー、悪い悪い…。拾うよ」
「いいです、大丈夫です。私がします。私が落としたんです」
急いでしゃがみこんだ。紙に手を伸ばした。
「…これ、要らないのか?忘れてるぞ。俺がせっかく検印したのに、置いて行くなんて、酷いぞ藍原」
「え?あっ!…すみません」
手が止まってしまった。…しまった、マンションに住んでるとか話をしたから、忘れてしまったんだ。話が出来たって事に、動揺したのよね。…大事な書類を、何だと思ってるんだってことですよね。……情けない。
「参考か?…、よっ、と…これで全部かな…」
「え?あ、すみません、有難うございます」
結局、動きの止まった私よりも早く課長が全部拾って揃えてくれた。
「さっきの。マンションって話だ。30オーバーの男の住まいさ。結婚したらマンション買うかとか、賃貸にするかとか、さ。それまでの独身の内は、どの程度の広さの部屋に住んでいるものだろうか、とかさ、そういった類いの話ってことさ」
「あ、そう。そう。まあ、そうですね。はい、そうです」
また曖昧に返事をしてしまった。そういう事ではない、違いますけど、ちょっと聞いてみただけで。でも。
だったら、ついでにもっと聞いちゃえ。今なら課長の私的な部分を知るきっかけに出来るかもしれない。貰ったチャンスだと思って。
「…あの、ちなみに…、課長のマンションは、間取りとか、あの…どんな感じのマンションなんですか?」
…。
や、これって聞き過ぎ?具体的に聞き過ぎ?やっぱり馴れ馴れしく深入り過ぎたかな。そんな事まで聞くのかって思ってます?
「あ、いや、別に。根掘り葉掘り聞くつもりはなくて…」
調子に乗り過ぎた…。ストーカー紛いの発言だ…。
「んー、まあどんな感じって聞かれたら…そうだな、あんまり新しく無いし。ん〜、2LDKだ」
あ。教えてくれた。……ほー、そうなんだ。一人だと余裕って感じ…。快適そう。いいな。もっと訊いても大丈夫かな。
「浴室とトイレは?」
どんな感じなのかな。
「あー古いから…別かって、事か?」
広さとか雰囲気を聞きたかったけど、説明が面倒臭いから、はいと頷いた。
「別だ。結婚した場合はまず二人になるんだもんな……、二部屋は居るだろうなぁ最低でも」
あ、自然と部屋の話にシフトした。それで…どうなんでしょう…?
「そうですよね。私はリビングが広ければ寝室以外は要らないから、旦那さんの書斎に出来る部屋と、あと…ウォーキングクローゼットなんかがあると嬉しいかなって思います、…贅沢ですけど」
そこに収めなきゃいけない程のお洒落洋品は持ち合わせてないけど。
「おお、書斎はあるといいよな。趣味の部屋にもしたいし。やっぱりお互いプライベートな部屋は欲しいよな」
「はい。はい、そうです。あ、あと…キッチンは対面がいいですよね。それは絶対ですね」
「うん、俺も対面がいいと思うよ。何してても、お互い見えるし。因みに今の部屋は対面だ」
そうなんだぁ、いいな、課長の部屋。今のままでも充分二人で暮らせそう。あ、アイランドキッチンでもいいかな…。
「…収納も多い方が嬉しいかも」
色々見えなく、しまいたい。
「そうそう。それは多い方がいいな。細々した物とか割とあるんだよなぁ」
「そうです、いつの間にかって感じで、増えちゃいますよね。…あ」
…いけない。仕事中だというのに。思った以上に盛り上がってしまった。…ラッキーといえばラッキーだったけど。…フフ。そろそろ戻らないと。
「あ、これすみませんでした。有難うございました。こっちは配っておきます」
「あ、ああ、頼むな。次は大事な書類忘れるなよ。要らないなら検印しないからな」
「あー…、はい。すみませんでした、気をつけます」
…何だかつい語り合ってしまった。こんなに急に一対一で話せるとは思わなかった。
今日はご褒美の日だろうか。…なんてね。