興味があるなら恋をしよう−Ⅰ−
「あれからずっと考えていたんだ。藍原から噂の事を聞いてから…。藍原の恋人の件…。俺の言った事がもし原因になっていたとしたら、心当たりはこれしかないんだ。
藍原が入社してまだ間もない歓迎会の時の事だった。俺もまだ何の肩書もないただの社員だった。
…藍原を見た後輩が言ったんだ、あの子良くないですか、ってね。確かそうだったと思う。もうその辺りからは酔っていた。
その時の俺の気持ちは…。
気がついたら、『あの子はずっと長くつき合ってる人が居るらしいぞ』って、言ってたようなんだ。
みんな酔っていた。泥酔だ。…だから…、記憶も曖昧なんだ。
だけど、確かそんな話だったよなっていう事は漠然とみんな覚えていて。あー、その時飲んでた俺らの輪の中の話でね。
で、俺が言ったって事は消えていて、藍原に恋人が居るって事だけが残ったみたいだ。
藍原から噂の話を聞いて…あるとするなら、その時の事じゃないかと、考えていたら不意に思い出したんだ。だから、噂は俺のせいだと思う。
藍原の今までの気持ちを考えたら、今更謝っても遅いんだけど。
ごめん。すまなかった。長い間…迷惑かけたよな。本当に…すまなかった、申し訳ない」

「そんな…そんな事、言われても…」

……私は、…課長を思いながら、ずっと…課長きっかけの嘘に囲われていたんだ…。
…課長は、その時、どんなつもりで言ったのだろう。さっき言いかけたようだけど。…気持ちって。
みんな酔っていた。泥酔していたって。
今更その時の気持ちはなんて、確かめたところで、過去の事。本当、今更だ…聞けない。
例えば…好きだったと言われてもだ。それならそれで、とっくに何か起きてる。そして今どうだったのか。何も起きてはいない。ただの上司と部下……。
遥か昔に…過ぎてしまった事。終わってる…遅過ぎる…。今はなんでもない、今も昔もだ、好きとかそういうのではない、…違うって事だ。
これでよく解った。

「…課長、解りましたから。大丈夫です。もう気になさらないでください。幸い、ずっと…何も害はないですから」

そうよ。何もない、何も。
そんな噂があっても、好きになってくれる人が居たなら、少しは声くらい掛けられたかも知れない。それが今までなかったという事は、誰も私を好きになってくれた人は居なかったという事だけよ。
今までずっと一人だったのは課長の言葉のせいばかりではない。私だって、社内に限らず、自分から何もしなかったせいもあるんだから。

「課長、今日はご馳走様でした。とても美味しいお料理でした。有り難うございました。
駅はもう見えてます、解ります。私、…大丈夫です。…もう、ここで。おやすみなさい」

言い終わると同時に走り出した。
< 47 / 166 >

この作品をシェア

pagetop