bug!
虫王子が私の隣の椅子をひき、私に体をかたむけて座るやいなや、向かいに座っていた麻衣はわざとらしく「あー、お腹いっぱいだぁ」と言いながら立ち上がった。

嘘つけ。カレーうどん、ほとんど食べてないじゃん。

少し前までは『王子様』今は『虫を食べる変人』である彼には関わりたくないらしい。

少し前までだったら、きっと目を輝かせて座っていたであろう彼女の移り気の速さというか、危険察知能力の高さには驚かされる。

「こらこら、麻衣。座りなよ」

私をこの変な人と二人きりにしないで……。

そんな訴えもむなしく、麻衣は「お先に」と首を傾けてかわいらしく微笑むと目にも止まらぬ速さで返却台に向かってすたすたと行ってしまった。

「探しましたよ!」

待っていました、とばかりに虫王子が私に話しかけてきた。

虫王子は今日は紺色とオフホワイトのボーダーニットを着ていた。
クルーネックからちらっとのぞく鎖骨と、至近距離で見るとビー玉みたいな茶色の瞳がきれいでつい見とれてしまった。

顔だけ見たら、王子様みたいなんだけどなぁ……。
さっきの台詞も『姫、探しましたよ』に聞こえなくもなくはない。

そんな私の夢見る気持ちも、どこからともなく聞こえてきた「あ、虫王子だ」という女の子の話し声で、とたんに打ち砕かれた。

いまやキャンパス中に周知されているこの『変な人』と話しているなんて、私まで変な人だと思われるじゃない。

「探しましたって、なによ?」

無駄に澄んだきれいな瞳で私をじっと見るんじゃないよ。

「こないだの俺の団子虫、返してください」

は?
俺の……なに?
団子虫?

「欲しいなら欲しいって言ってくれたらいいのに。あんなふうに勝手に持っていくなんてひどいですよ」

そう言いながら、虫王子は背負っていたリュックサックをおろし、膝の上に乗せた。

「ひっ」

『あの大きなリュックの中に、いっぱい虫を入れているらしいよ』

さっき聞いたばかりの噂話を思い出して、思わず身を固くすると虫王子は不思議そうに「ん?」と首をかたむける。

そのしぐさと表情がかわいらしくて、なんだか憎らしい。
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