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「じゃあここでバイバイね」

あまりのかわいさに心の中で悶絶しながら、冷たくそう言うと、晴は捨てられた子犬みたいな顔で私を見て「話したいことがあったのに」と小さい声で言った。

「……話したいことって……なに?」

夕方の湿った風が、晴の茶色い髪を揺らして、夕日にきらきらと反射していた。

晴の白い頬を夕日がオレンジに染めていて、そのせいか晴はすこし照れくさそうにも見える。

「ゾウムシのことなんですけど」

「もういい」

これだから嫌だ。

『話したいことがある』

これは晴がよくいうせりふだということは、この一ヶ月間でよく分かった。

分かっているのに、まっすぐ瞳を見ながらこれを言われると、ほんの少しどきどきしてしまう自分が憎らしい。

何回もこの手に引っかかっているのに、いい加減に学習しなければ。

それ以前に、晴はきっと引っ掛けているつもりなんてないのだろうと思うと、なおさら悔しい。

「桜子さん、ゾウムシが死んだふりをするの、知ってましたか?」

「知らないわよ!」

そもそもゾウムシをいう名前自体、今はじめて耳にしたわ。

「でしょ? ゾウムシといえば象の鼻みたいな口部分もかわいいんですけど、触るとコテッと裏返っちゃって死んだふりするんですよ?」

「あ、そ」

「かわいいですよねぇ」

「全然」

晴はなにがおかしいのか、くすくすと笑いながら「大丈夫ですよ」と言う。

「大丈夫ですよ、他に誰も聞いていませんから」

「いや、別に恥ずかしいとかじゃないから」

また勘違いをしている。
この人は私を虫に対して『ツンデレ』だと思っているらしい。

私が虫に対して『デレる』ことなんて絶対にありえないと言うのに。

晴は、私の顔を覗き込んで、なだめるように「はいはい」と言ったあと、

「桜子さんのおうちはどの辺ですか?」

と首を傾げた。





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