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「らこちゃんさ、さっきから何回も声かけてたんだけど、全然気づいてくれないんだもんな」

「ごめん。考え事してた」

らこちゃん。
ケイタは私のことをよう呼んだ。
桜子ちゃんだと長いし、だからって女の子を呼び捨てにするの、俺好きじゃないんだよな。
だから、らこちゃんって呼ぶわ。

らこちゃんという、まるで小さな子どものあだなのような呼び方をされたのは初めてだったけれど、私はケイタの言う『らこちゃん』を割と気に入っていた。
今でも私をそう呼ぶのはケイタただ一人だ。

「今、帰り? チャリは?」

「あ、今日は歩きなんだ」

「そっか」

隣に並んで歩くケイタから半年前と変わらない香りがして懐かしい気持ちになる。
ラストノートのほのかなサンダルウッドが私はとても好きだった。

おしゃれで明るく、友だちも多いケイタのおかげで、地方から出てきたばかりだった私にはたくさんの友だちができた。
ケイタも付き合わなかったら、私は多分、今でも野暮ったい服を着て歩いていたのだと思う。

「らこちゃんにちょうど連絡しようと思ってたところで」

「なんか用事だった?」

「んー。特に。でもなんかたまに連絡したくなる。らこちゃんと話したいなーって」

わかる。
すごくよくわかるのだ、その感じ。

恋人じゃない。
恋心なんてものは、道端の石ころほどもない。

友だちでもない。
私とケイタはもう友だちには戻れない。

恋人だったからこそ、別れたからこそ、ふたりで作れる関係がある。

長い時間、一緒にいたから、ケイタの性格もよくわかっているし、ケイタの好きそうなものや喜びそうなものもよく知ってる。
同じ時間を共有したものにしかわからない、秘密の合言葉のような出来事があったとき、無性にケイタに話したいなぁ、と私も思うのだ。
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