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「なんか……ごめん」

別れたきっかけがあいつだということを、ケイタは知っていた。

私ははっきりとは言わなかったけれど、ケイタは気づいていた。

あいつが原因でフラれるなんて、こんな馬鹿馬鹿しいことがあるだろうか。

「なんだよ、今さら」

ケイタは笑って、もう一度、私の頭をぺしん、とさっきとほとんど同じ強さで叩いた。

「けどさ、らこちゃん、虫王子は大丈夫なんだ?」

「大丈夫ってなにが?」

「あんな虫まみれの人と話して平気なの?」

「虫まみれって……」

まぁ、否定はできないけれど。

「平気っていうか……別に話してるだけだし


「じゃあ、付き合ってるわけじゃないんだ」

「付き合ってるとかそんなんじゃないよ」

ケイタと私のマンションの分かれ道まで来た。

「なんかさ、らこちゃんと虫王子が付き合ってるみたいな噂を聞いたんだけど」

足をとめたケイタは私の真正面に立って、笑いながら早口で言った。

「そんな噂、たってるの?」

「虫王子、有名だしね。しょっちゅう一緒にいる女の子がいるって。らこちゃんでしょ?」

「……うん」

「あんなに虫嫌いなのに、虫王子となに話してるの?」

「虫の……話」

まじかよ、と吹き出したケイタの頭をぺしんと思いきり叩いて「いいじゃん、別に」
とにらむ。

「いいよ? いいんだけど……。それ、無理してない? 大丈夫なの?」

ケイタに言われてはたと気づく。

無理か。

確かに最初の頃は本当に嫌だった。
晴が楽しそうにしてくる虫の話。
興味もなかったし、それどころか聞くたびに寒気がしていたけれど、最近はそれほどでもないかもしれない。

だって、晴は本当に虫が好きだから。
本当に楽しそうに話すから。

「結構……楽しいよ」

へぇ、とケイタは目を丸くして、私の顔をまじまじと見つめる。

「なんか、俺のときはダメだったのに虫王子は大丈夫とか悔しいな」

「なにそれ、やきもち?」

「ばーか」

そんな、いまどき中学生でも言わないような捨て台詞をはいて、ケイタはもう一度私の頭をぺしんと叩くと、自分のマンションに向かって歩き始めた。

「ばいばーい」

ケイタの背中に声をかけて、振り向いたケイタが「おう!」と片手を挙げたのを見てから、私も自分のマンションに向かって歩き出す。

さっきよりも低い位置にきた白い月を見上げながら考えるのは、やっぱり晴のことだった。



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