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今朝、待ち合わせをした駅について、「遅くなったので送ります」と言う晴と並んで歩く。

「桜子さんは、卒業したら薬剤師になるんですか?」

珍しくしばらく黙っていたと思ったら、ふいに晴がそんな質問をしてきた。

「そうだね。まぁ、国家試験に受かればの話だけど」

私はぼんやり答えた。
そういえば、虫以外の話を晴とするのは初めてだなぁと思いながら。

「晴は?」

ふと思い付いて聞き返す。

晴は農学部の生命環境学部だけど、それがどんな学部なのか、私はよく知らなかった。

「俺は大学院にすすんで博士課程をとって、昆虫の研究者になりたいんです。それで、図鑑を作るのが夢です」

「図鑑って、あの図鑑?」

我ながら、馬鹿げた質問だ。

頭の中で小学生の頃によく見た分厚い図鑑を思い浮かべながら、聞き返す。

「はい。あの図鑑。もともと虫が好きになったのも、ここの昆虫研究所の教授が作った図鑑を見たからだし」

「へぇ……そうなんだ」

「すごい図鑑なんですよ」

晴はそういって、目をまた輝かせる。

「今度、持ってきますね。ものすごーく分厚くて重いから、見応えありますよ」

「……ありがと」

図鑑を誰が作ったなんて、今まで意識をしたことがなかったけれど、図鑑に感動して同じ大学に入学するくらいだから、きっと晴からしたら宝物のようなものなのだろう。

「また行きましょうね」

別れ際、晴はにっこり笑ってそう言い、来た道を歩いて帰っていった。

結局、今日のはデートだったのだろうか。

晴の大きなリュックサックを見送りながら、今日あったことをひとつひとつ思い浮かべて思わず笑っていた。

晴のぴょこんとはねた後ろ髪を、湿った風が揺らした。

明日はきっと雨が降る。

晴の姿が見えなくなるまで見送って、空を見上げる。

そこに昼間見た蝶々はいなかったけれど。

晴のキラキラした瞳を思い出すと、心の中があたたかいもので満たされる。

まぁいいか。

これがデートかどうかなんて。

好きな人がいる。
好きな人の、好きなものを、だんだん好きになっていく私がいる。

晴はきっと私を好きではないと思うけれど。

晴の心の中は虫でいっぱいだけど、いつかその中のひとつになれますように。

好きな人がいる。

今はそれだけで充分だ。


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