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オオルリアゲハ
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『オオルリアゲハ』
別名、しあわせの青い蝶。
なかなか見ることが出来ず、そのため「一度見ると幸福になる」と言われている。
飛ぶときに、翅(はね)が光を反射し、その光は数百メートル先にも届く、美しい蝶。
すっかり暗くなった夜道を歩きながら、晴はため息をつく。
結局、今日もほとんど昆虫の話しかしてない。
いつも、別れたあとで反省はしてるんだけど、桜子に会うとつい嬉しくて自分ばかり話してしまう。
春のキャンパスで、初めて桜子に会ったとき、桜子の肩にはかわいらしいコアオハナムグリがとまっていた。
経験上、そういう時に女の子というとのはパニックになって悲鳴をあげたりするものだと思っていたから(それがどうしてか晴にはさっぱりわからないのだけど)、そうしなかった桜子に、晴は興味を持った。
桜子の来ていた薄いピンクのワンピースは桜の花びらみたいだったし、桜子の白い頬ははるじおんの花びらみたいだったから、コアオハナムグリが花と間違えてとまってしまったのもわかる気がした。
今まで会った女の子はみんな、晴が虫の話をするといやがったし、誰も聞いてくれなかったけれど、桜子はなんだかんだと照れ隠ししながらも聞いてくれる。
桜子も虫が好きなのだとわかって、晴はとてもとても嬉しかったのだ。
桜子といると楽しい。
桜子と昆虫の話をしたり、昆虫採集に行くことが、今の晴にとっては一番の楽しみだった。
「オオルリアゲハみたいなんだよなぁ、あの人」
晴はつぶやいた。
湿った風が髪を揺らして、明日は雨かなぁと思いながら、空を見上げる。
俺は、桜子さんなら数百メートル先にいても見つけられるんだよなぁ。
あの人は、俺のことなんかなんとも思ってないんだろうけど。
せいぜい、昆虫トモダチくらいのカテゴリなんだろうけど。
昼間、放蝶温室で蝶々を見上げていた桜子の横顔を思い出すと、心の中があたたかいもので満たされる。
まぁいいか。
好きな人がいる。
好きな人と好きなものが同じで好きなものの話ができる。
これだけですごいことじゃないか。
好きな人がいる。
今はこれだけで充分だ。
end.