夢を忘れた眠り姫
「ったく、とんでもない奴だな」


彼の怒りはまだまだ持続しているようで、憎々しげに言葉を吐き捨てた。


「何が『貴志君は手が早い』だよ。あんたに言われたくないってーの」

「あ、そこから話を聞いていたんですね」

「ここは神聖なる職場だぞ。女性に色目使ってる暇があるんだったらとっとと仕事しろよ。このセクハラ野郎がっ」

「き、貴志さん、お言葉づかいが……」


だいぶやさぐれ度がアップされておりますよ。


「と、ゴメン。何だかムキになっちまった」


ハタと気付いたようにそう呟くと、貴志さんは口調を改めて言葉を繋いだ。


「俺達も早く戻ろう。しっかり給料分働かないとな」

「はい」


言いながら歩き出した貴志さんに続いて私も足を踏み出す。

別に、落合さんにコーナーまで追い込まれても、恐怖までは感じなかった。

言動がいちいち大げさで下手すりゃコントじみている方だから、その点対応に困り、面倒くさい事態になったなとは思ったりはしたけれど。


ただ……。

貴志さんが助けに入ってくれたのは、単純に純粋に嬉しかった。


『何だかムキになっちまった』


何気なく呟かれた言葉に、大いに心がざわめきどよめいた。

その現象を何て呼んだら良いのかは分からないけれど。

嫌なものではないことだけは確実で、正体不明の、だけど心地よいそれの余韻を噛みしめながら、その後の仕事を順調にこなしていった。
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