夢を忘れた眠り姫
「……確かに、さほど視力は悪くない」


食パンの袋を開き、トースターにセットしながら貴志さんは答えた。


「両目とも0、6くらいだから。裸眼でいても、日常生活にはさほど支障はない」

「やっぱり…」

「だけどちょっと遠くの物…例えば会社の壁際の予定表とか、書類やPC画面上の細かい字を見ようとすると結構しんどく感じるんだ。わざわざ対象物に近寄ったり、目を細めてピントを合わせたりしていたら時間のロスだし見苦しいから眼鏡で矯正している。俺にとっては必要なアイテムで、別に変装道具として活用してる訳じゃない」

「だったら何でわざわざ数あるデザインの中から、あんなダサい眼鏡を選び、ヘアスタイルを垢抜けない七三分けにする必要があるんですか?」

「……普段の俺ってそんなに酷いのか?」


そこで初めて貴志さんは複雑そうな表情になった。


「自分としてはサラリーマンとして無難なスタイルだと思ってるんだけど…。何だかすごい言われようだな」

「あ、いや、それだけ今の姿とのギャップがあるという事で…」

「君だって『ギャップ』という点では人のこと言えないじゃねーか」

「え?」

「顔の造作は、まぁスッピンになっても普段より幼く見える程度でさほど違いはないけど、その言動が。そんなにズバズバズケズケ明け透けに意見する女性だとは思わなかった」
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