吸血鬼
それは、一個の棺でした。現代の日本には決して見られない様な、どこか中世のヨーロッパで使われた物という感じがしました。外装には金色の十字架が彫られており、それ以外は、漆塗りの器の様に真っ黒に染められているのです。
田中君は、少し奇妙に思いましたが、そのまま通り過ぎて行こうとしました。
ところが、
「田中君……。田中嘉樹君……。」
と、どこからか自分の名前を呼んでいる声が聞こえるのです。 田中君は、周囲を見回して見ましたが、自分以外、公園の側の道路を歩いている人は、誰一人としていませんでした。
そして、田中君はふともしかしたら幻聴かあるいは空耳と思いましたが、それでもハッキリと、
「田中君……。田中嘉樹君……。」
と、聞こえるのです。
田中君は、急に怖くなってその場を離れようとしましたが、
「田中君、行っちゃいけない。わしは、君のすぐ側におる。」
と、今度は妙にしわがれた老人の様な声で自分を呼び止めるのです。
田中君も、さすがに恐ろしくなって、もう帰ろうとしましたが、
「おい、田中君逃げちゃいけないよ。どれ、出てきてあげよう。」
という声がしたかと思うと、ギギギ……ギィー……。あの例の棺が開いたのです。
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