春うらら
私は気楽な派遣の雑用要員で、時給制だから、にこやかに昨日も出勤したけど。

でも、適当なところで帰された。

皆さん、そうはならなかったんだろうなぁ。

とりあえずバックを自分のデスクに置くと、渡された一万円札だけを持って会社を出ようとして……。

自動的に開いたドアに、目の前の人を見上げた。

「新見さん、どこいくの?」

いつも優しげな笑顔を浮かべている速見さん。

イラストレーターな彼はいつもラフな格好にスケッチブックを持っている……イメージがあるけど、今日は持っていない。

「あ。お使いに行ってきます」

「ふーん?」

速見さんはそう言って場所を空けてくれたから、頭を下げて通りすぎる。

……けど、何故か彼は、ぽてぽてと後ろをついてきた。

速見さんは、よくわからない。

この広告代理店に勤めて一ヶ月半。
いつもスケッチブックに何か描いているし、話しかけても『うん』か『ふーん』と返事が返ってくるだけだし。

「桜……」

「え? なんですか?」

「桜を見よう」

そう言って、速見さんはいきなり私の手を掴むと、回れ右をして公園の方に向かう。

「は、速見さん? ダメですよ、橋元さんに怒られちゃいますから!」

「うん。大丈夫」

いや、大丈夫じゃないでしょ?
徹夜組の怒りを買うのは私なんだけども!

「速見さん! 速見さんてば!」

慌てる私に対して、速見さんは落ち着き払ってスマホを取り出すと、どこかに連絡をし始める。

「ああ、もしもし。新見さんラチったから」

それだけ言って、速見さんは通信を切った。
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