ヘタレな野獣
っ!!!やだ!

いきなりこっち見ないでよ!近すぎるってば!

「わっ、私恋愛ものって気分じゃないから!」

ぷいっと正面のパネルに向き直して、気持ちを落ち着かせる。

「じゃあ、アクションもの?それともぉ、アニメとか、あっ、アドベンチャーものもいいですね」


結局、今話題の藩に大金を貸し付けて利息を巻き上げるという時代劇を観る事にしたんだけど、開演時間迄、3時間程時間が空いてしまう。


「飯でも食いにいきましょう、戻った頃にはいい時間になってますよ」

ヨレヨレ君にそう言われ、私達はその場を離れた。

その様子を、よりによってアイツに見られていたなんて、・・・



複合施設の中にもお洒落なお店は沢山あるのに、ヨレヨレ君はここを出ようと言う。


「近くに肉の旨い店があるんです、そこで食いましょう」

少し強引な気もするけど、多分普段私に見せているのは、彼本来の姿ではないのも承知してるつもり、だから何だか新鮮で、ワクワクしていた。


連れて行かれた店はこじんまりとした間口の狭い店で、しかし、一歩店内に足を踏み入れると、そこはログハウス調のアンティークな家具で統一された、外観からは想像できないものであった。


落ち着いたライトが優しく降り注いでくる。

素敵なお店、こんな所にあったなんて、何度も前を通っていて気が付かない私って・・・


店員に名前を名乗るヨレヨレ君、予約でもしていたのだろう、店の二階に通され、リザーブ席のプレートが置かれた席に案内された。


「ねぇ、予約してたの?」

席に着くなり開口一番私は尋ねずに居られなかった。

「ええ、どうしても大好きな冬子さんを一度連れてきたかったものですから・・・」

ニッコリと笑いながらそう言ったヨレヨレ君。
思わず下を向く私。大好きな、だって・・・

なんで付き合ってもいないのに、よくもそんな歯の浮くような台詞が言えたものだ。
< 84 / 148 >

この作品をシェア

pagetop