ヘタレな野獣
腰をクネクネさせながら、マスターと呼ばれたイキモノは下がっていった。


「前の会社の、・・・元上司、なんですよ」

私の間抜けた顔を見て、笑いながらヨレヨレ君は言った。

「えっ?・・・元上司、なの?」
「クククッ、そう、元上司、です。詳しい医学的な事は分かりませんが、どうやら中身が女性、だったのでしょう。
いきなりカミングアウトして会社を辞め、ここにこんな店を始めたんですよ」
「同一性障害、なの?」
「さぁ、僕には分かりませんし、知りたいとも思いません。彼、いや、彼女と言った方がいいのか、今のスタイルが落ち着くそうです、・・・幸せなんじゃないですか?」


見かけは凄くマッチョで、でも言葉がオネエで・・・


そんなマスターを自然体で受け止めている、ヨレヨレ君に感心しながら、色眼鏡で人を見ないとか言ってた私は・・・
思いっきり色眼鏡でマスターを見ていた訳で・・・

少し恥ずかしくなって、私はそれを悟られないよう、ナイフとフォークを手にした。


「おいしい・・・」

一口食べて、素直に出た言葉だった。


その後は、先程からの嫌な緊張感はなくなり、ディナーを心の底から楽しめた。



「そろそろ出ますか、丁度いい頃合いですよ」
「えぇ、そうしましょうか・・・」


私の前を歩くヨレヨレ君の背中を見ながら、楽しい食事をありがとうと、心の中で呟いた。


すると、いきなり後ろを振り向いたヨレヨレ君、やだ、声に出てた?
私は凄くドキドキした。


「な、に?・・・」
「冬子さん、御手洗い行きませんか?」

はあぁあ?

御手洗いって・・・

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