ヘタレな野獣
思わず手から財布を落としてしまった。

「格好付けて、貴女が来る前に精算したかったんですけどね?」
バツが悪そうに、困った風に苦笑いしながら、彼が財布を拾い上げてくれた。

私は踵を返してお店に引き返そうとしたが、ヨレヨレ君に腕を掴まれてしまった。


「だって!私何のお礼も言ってない、礼儀知らずの女だと思われる!」
「だったら、また、一緒に・・・
その方がマスター、きっと喜びますから、ねっ?」

納得したようなしないような・・・



確かに一度出た店に、なんと言って戻ればいいのか・・・
だとしたら、ヨレヨレ君の言った“再訪”する方が、私としても都合がいい。

でも・・・

初めて女性同伴って、本当に・・?

また僕と一緒に・・って、


「あっ、ほら、時間ヤバくないですか?
急ぎましょう」


広場にある時計塔の大きな時計が20時45分を指していた。


ヨレヨレ君は私に財布を掴ませ、その掴ませた右手首を彼が掴んで、そのまま、通りを早足で歩き出した。


どうにか上映時間には間に合ったが、売店で飲み物を買い忘れてしまった。


ここに来るまで小走りで急いで来たから、喉が渇いていた。


「冬子さん、僕何か冷たいもの買ってきますから、先に行ってて貰えますか?」


長い階段を上る途中、思い出したようにヨレヨレ君はそんな事を言って、先程係の人に半分にちぎられたチケットを私に渡す。


「スクリーンは8ですから、間違わないで下さいよ」
「!っ、間違わないわよ!」


失礼しちゃう、子供じゃないんだから、そんな間違いする訳無いじゃない!
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