雫に溺れて甘く香る
ちょっとムッとして眉を寄せるけど、篠原さんは何も言わずに出来上がったカクテルを二つ、グラスに注いでる。

それからホールに視線を向けて片手を上げた。


「……何?」

低い声が響いて、視線を上げたら続木さんと目が合う。

何故か続木さんはしばらく私を見下ろして、それから目を細めて篠原さんを横目で見た。


「コイツがどうかした?」


……私は何もしてないよ。


ますますムッとすると、篠原さんは手を振りながら、出来上がったカクテルをトレイに乗せる。

「1番テーブル。あちらのお客様は、いつも最初は同じカクテルだろ」

「…………」

何故かお互い睨み合って……いたけど、続木さんが先に視線を外し、カクテルの乗ったトレイを持って歩み去った。


今の攻防はなんなのかしら?


ボンヤリしていたら、カウンターの中で篠原さんが小さく吹き出す。

いつも無表情の篠原さんが珍しい。

余程楽しかったのか、しばらくクスクス笑いながら私を見て来て──……。


「……愉しいな」


理解は出来ないけれど。


「今、何か楽しかったですか?」

「ああ。とても」

篠原さんは咳払いして、表情を戻そうと努力して……やっぱり微かに笑う。

肩が微妙に揺れてるからわかるし。


「あの……?」

「ごめん。何だか微笑ましくて」

「何がですか?」

「ごめん。俺からは言えない」

軽く片手を振り、篠原さんはグラスを洗い始めた。
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