雫に溺れて甘く香る
「……なに」

「俺が夢見がちじゃなけりゃ、大学卒業して、普通の会社に就職していたんじゃないか?」

「へえ……」

会社に就職した人の全てに、夢がない訳じゃないからね?

いや、私にあるかどうかはともかく。

でも、夢がなければ彼はそうしていたということなんだろうね。

「お店を出すのが夢だった?」

「……まぁな。途中まで忘れかけていた夢だったが」

そう言って懐かしそうに微笑みながら視線を雑誌に落とす。


「一人じゃ出来なかったことだけどな」

照れているのか、どこかぶっきらぼうな言葉に、私も小さく微笑んだ。

「いいじゃない。その若さでメイン通りにお店があるってだけでも大したものだよ」

「……まだまだ」

ぶつぶつ言っている彼の耳をひっぱって、驚いたような目を見返しながら笑顔を意地悪なものに変える。


「私の夢が、営業部長とか言ったらどうするつもり?」

「それなら引っ越しはお前の会社近くだよな。俺はともかく、お前の通勤考えると」


……おお。やたら前向きに考えられている。

と言うか、すでに一緒に住むこと前提で考えられている。

どうして付き合い初めて一年も経っていないのに、そこまで考えられるのかは謎だけど、何を考えてるのかわからないのはいつものことだしね。

でも、ここは訂正すべきか否か……。


やめておこう。夢は大きく……だ。


「私、フローリングがいいなぁ」

「フローリングの冬は寒いぞ」

「……夢がない」

そんなのことを言いながら、夜は更けていく……。









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