雫に溺れて甘く香る
刹那の視線の先に
*****



しばらく経ってからわかったこと。

実は続木さんて無表情だけど、全くの無表情じゃないらしい。

営業スマイルは仕事柄で、確かに声をあげて笑っている姿は見たことは無いけど、彼だっておかしい時には笑う。

なんというか、内輪の人間に表情筋は不必要だと認識されているような気がする。

すっごーくよ~く見ないとわからないレベルだけど、可笑しそうにしている時もあるし。

一番わかりやすく表情が出るのは目。

だから会話をする時には、じっと目を見ることが普通になったけど、店にいる時は薄暗くてわかりにくい。


「なんだ」

ボックス席の団体様に飲み物を運んで、戻ってきた彼に無表情でそう言われ、視線を逸らしたところで今度は篠原さんと目が合う。


不思議だなぁと、思っただけなんだけどね?

考えてみれば、彼からすると私は単なるお客さんだったはずで、だけど私は続木さんの営業スマイルを向けられた事がない。


最初なんて“邪魔”にされたんだし。

でも、そんな不思議はここで問いただすことじゃないし、そんな事をしたら篠原さんにチクリとからかわれるんだろうし。


「思えば篠原さんて一番バランス良さそうだよね?」

「僕が……?」

自分を指差す篠原さんに頷く。

金曜日とはいえ閉店間際の午前2時。

お客様もちらほら空席が目立つようになり、続木さんもカウンターに戻ってきた。
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