雫に溺れて甘く香る
「無表情だけど、続木さんみたいに黙ってるわけじゃないし」

「俺はお前のおかげで昔話に詳しくなったな」

私だって、一人で独演会なんてしたくないんだからね。

間に割り込んできた続木さんを軽く睨んでから、また篠原さんに向き直る。

「篠原さんは、中野さん程うるさくないし」

「目の前に座る一人客には話しかけるでしょう。これでも接客業だし。こう見えて続木も本日のおすすめくらいは言うし、軽口にも答えるよ?」

「そうなの?」

私はオススメされたことがなーい。瞬きしながら続木さんを見ると、目の奥で困ったような戸惑いが見えた。

「猫みたいに全身の毛を逆立ててるような女に、俺は何を薦めれば良かったんだ?」

「…………」

それは初めての出会い頭の時の話?


触らぬ神に祟りなしを素で実行されたらしい。

……なんだかなぁ。

思わず笑ったら、続木さんに炭酸水のグラスを目の前に置かれた。

「……ありがとう?」

「悠紀。今日は最後までいるのか?」

「帰れって言うなら帰るけど? ご飯食べ終わったし、私はダラダラ飲む方じゃないし」

「帰るな」

ムスッとした顔で言われても、どっちだよってなるよ?

どーせ一緒に帰るんだし、金曜日くらいはいいかなぁ、なんて思っただけなんだし。

「嫌なら帰るし。お会計しちゃうよ」

「あ、お会計する?」

篠原さんが伝票らしきを手に持つと、それを彼は鋭い目付きで睨んだ。

「……はいはい。お前、いい加減にその無言で圧力かける癖を直せ」
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