雫に溺れて甘く香る
「あれ……?」

間抜けにも呟いてしまったのは仕方がないと思うんだ。

会社を出て、最寄り駅に向かおうとした視線の先に、マフラーぐるぐる巻きにした続木さんが、ガードレールに寄りかかって立っている姿が見えた。


……夢かな?


でも、片手を上げた彼はたぶん現実。
だって、会社出た途端に冷たい風が吹き付けてきてるし。

「どうしたの? 今日はお店に行こうと思っていたのに……と言うか、今日の仕事は?」

目を丸くしながら近づくと、彼はいつも通りの無表情で頷いた。

「ちょっと用事があって。そう言えば悠紀の会社がこの近くだと思って」

……真冬とは言わないけど、白い息も見えるようになってきているんだよ?

頬っぺたは赤いし、触れてみるとめちゃくちゃ冷たい。

「馬鹿じゃないの! スマホに連絡して、暖かいところで待つのが常識でしょう! とりあえず店に行くよ!」

ジャケットを掴んで歩きだすと、小さなくしゃみが聞こえてきて睨み上げる。

「何やってんの。本当に馬鹿じゃないか」

「……連絡したら、スルーされるような気がして」

その言葉に瞬きした。

用事があったって……もしかして用事のメインは私?

まさかね! 今時、どんな思い詰めた女子でも、寒いなか風邪ひく覚悟で寒空の下でなんか待たないでしょ!

「とにかく行こう」

ぐいぐい引っ張って、彼のお店に向かった。
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