雫に溺れて甘く香る
そして、お店が閉店してから連れて来られたのはどこか見覚えのあるマンション。

不機嫌そうな続木さんが鍵を中野さんから受け取り、勝手にドアを開ける。

「え……。いいの?」

「いい。シノの家だ」

「へ、へぇ」

どおりで見覚えがあるはず。一度、車を借りに来たことがあったよね。

「いいの? 勝手に入って」

当の本人はいないのに……。

「知らん。強制連行だと」

「俺、理由知ってる~」

照明をパチパチつけながら真っ先にキッチンに向かった中野さんが、にんまりと私を振り向いた。

「ジョウさんが、工藤さん見て帰っちゃったからだ」

……私?

無言で続木さんを見上げると、彼は黙って背中を押してくる。

仕方なく篠原さんのお部屋にお邪魔しながら首を傾げた。

「ジョウさんて?」

「城島さん。ホールに女の子がいただろう」

「ああ……」

初めて見る女の子だった。バイトさんでも雇ったのかと思ったら、実は篠原さんの知り合いだったらしい彼女。

「彼女と私と、何の関係があるの?」

その言葉に二人は私をまじまじと見てから、お互いに顔を合わせた。

「言っちゃってもいいのかな?」

「……後でゴタゴタになるよりはいいんじゃないか?」

中野さんは手を洗いながら、続木さんはストーブをつけながら、お互いに顔を背けるから、とりあえず無視して回りを見渡した。

……男の人の一人暮しの生活の場って続木さんみたいに殺伐としてるのかと思ったら、篠原さんは、シンプルながらもきちんと家具が揃っているなぁ。
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