雫に溺れて甘く香る
……ちょっと、困っているらしい。


「私、泣いたら困る?」

「困る」

真面目に答えられて、意味もなく笑いが込み上げてきそうなんだけど。


「どうして?」

「泣いたら普通は慰めんだろ。だけどお前のは悲しくて泣いてるわけじゃないし……」

「うん?」

「それに泣き顔、綺麗で困る」


……そんな言葉を、真面目な表情で言われる方がもっと困るよ。


困るから……首に抱きついて、肩に顔を埋めたら甘い香りがした。


慣れ親しんだ続木さんの匂い。チョコレートに似た煙草の香り。


「煙草……吸ってた?」

「……お前が出てくるまで落ちつかなかった。嫌か?」

「匂いが? 前にも言ったと思うけど、私は気にならない。そりゃ、身体に悪いことしてるなって思うけど、無理ならいいじゃない」

イライラするくらいなら、禁煙もどうかと思うし。

だいたい、誰かに押し付けられて強制されたことなんて長続きしないし。

自ら始めたことじゃないなら、それはやめておいた方がいいことだ。


「……長生きして欲しいか?」

ポソッと呟かれた言葉に思わず顔を上げて、続木さんを見た。

「……それって当たり前じゃない?」

好きな人に、さくっと死んでくださいなんて思っている人の気が知れないよ。

「そうか……」

ポスンと顔を肩に戻されて、小さく笑った。

「幸せにしてくれる?」

「いや」

……え? してくれない?
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