雫に溺れて甘く香る
「な、なに? 突然」

「さっきのピアス。似合ってたのに」

何の感情もこもらない声で言うだけ言って、続木さんはカウンターの中に入ると、そのまま厨房に消えた。

「……な、何、今の」

狼狽える私に、篠原さんが肩を竦める。

「僕は何も言いませんし、教えませんよ。平等にならないから。言葉の通りに受けとればいいんじゃないですか」

「ここでみんな平等の精神を発揮されても困るんじゃないかな?」

「じゃ、工藤さんが続木さんの事を気になってる件、アイツに伝えてもいい? 精神衛生上そっちの方が助かるし、楽しくていいんだけど」

「それはダメ」

簡単に断って、目の前のカクテルを飲み干した。

楽しくって何よ、楽しくって。

グラスをカウンターに置くと立ち上がる。

「篠原さん。お会計お願いします」

「もう帰りますか?」

「いつもご飯食べたら帰ります」

「酔っているでしょ。もう少し休んでからにしたら?」

無表情の篠原さんを目を細めてみていたら、厨房から続木さんが顔を出した。

「帰るのか?」

「帰ります。なんですか、今日に限って」

みんなで“帰るのか”聞いてくるなんて。

「いや。店に来たときから酔ってたみたいだし、今日に限って可愛い格好しているし。送ろうか?」

続木さんがエプロンを外そうとしていたから、さすがに目を丸くした。


あんたバカじゃないの?


今さっき、自分の彼女が友達同伴とはいえ帰ったところだよね?

彼女を送るならわかるけど、どーして私を送るとか言うのかな?

私が一人だから?

それって嬉しいけど、嬉しくない。

そんな奇妙な騎士道精神はどこかに捨ててこい!

「一人で帰れます! 子供じゃあるまいし!」

バックを手に持つと、カウンターにいつも通りの金額を置いて店を出た。

いつものって、金額が一緒だから楽だな。そんな事を思いながら、フラフラ歩く。
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