雫に溺れて甘く香る
「契約の時には、別の人に頼んでくださいよー?」

「……申し訳ない。他の子だと泣き出しそうで」

そうなのかもしれないんだけどさ。

うちの営業部は女子少ないし、営業事務の子達はしっかりしてるけど、ちゃっかりもしてるしなぁ。

「……いっそ、姉ちゃんのいる店に行けばいいじゃないですか」

ごめん、と、拝まれて溜め息を返す。

「貸しにしておきますからね」

こういう貸しばかり増えるんだよね。


とりあえず同僚とは駅前で別れて、ずり落ちそうになるバックを肩にかけ直して電車に乗った。


あー、もう疲れた!

おっさんがベタベタ触ってくるから、あまりゆっくり食べられなかったし。

でも、なあ……。


腕時計を見ながら、首を傾げる。

時計の針は23時を過ぎたところ。
金曜のこの時間帯だと、どこも混んでいそうだよね。

コンビニに寄って、おにぎり買っちゃおうかな。

そう決めてから、そこそこ混み合う電車を見渡し、ぼんやりと窓から見える景色を眺めた。


外は暗いようで明るい。

広告のライトアップだったり、ビル群の灯りだったり、車のテールランプだったりするけれど。

……夜の街は、一人でいても一人じゃないような気がして好きだ。


私はきっと寂しいんだろう。

高校を卒業し、大学入学を機に上京して、そこそこ大手の会社に営業で入社して。

あっという間に仕事には慣れたけど、その変わり、あれ?という間に女扱いされなくなった。

……私だって、好きでもない男に触られるの嫌なんだけど。
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