雫に溺れて甘く香る
このご時世に、堂々とセクハラしてくる人はいないけど、それでも今日みたいな人は少なからずいる。

営業先でトラブルを起こすわけにいかないし、それとなく回避する術を身に付けると、笑顔を見せたままでサラリと逃げ出せるようになった。

女子営業部員の接待には、必ず男子社員も同伴してくれるし、そんな中でとてつもなく際どいことにならないし。

そうしているうちに私は“軽いセクハラなら受け流せる人”扱いになったんだとは思うけど。


確かに、中には嫌悪感丸出しの人もいるし、泣いちゃう人もいるんだけどねー。

だからって、この扱いもないでしょうよ!


ブツブツ言いながら電車を降りて、駅の改札を抜けると、いつも通りの道を歩きながら……。

あ。コンビニに行くんだった。と、思い出した。


これじゃヤツの店に行くルートじゃん。考え事しながら歩くとダメだなー。

先週から行ってないし、あの日はとんだ失態を披露したから、ちょっと行きにくいんだよね。

溜め息をつきながら、店の前を通りすぎようとして……。


「あー! 工藤さん、久しぶりー!」

振り返ると中野さんがいて、買い物袋をガサゴソさせながらニコニコしている。

「今帰り? 今日はビーフシチューが美味しくできたんだー」


悪気のないその笑顔に、心の中で、また溜め息をついた。
< 35 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop