雫に溺れて甘く香る
結局、当然のように店に来るものと思い込んでいる中野さんに連れられて行くと、篠原さんが微妙な顔をして「いらっしゃいませ」と言ってくれた。

でも、どうしてそんな表情を返されるのかわからないから、顔をしかめる。

「何ですか……?」

「いえ。どうして中野と一緒に……と思いまして」

「そこで会っちゃったんです」

カウンターに座って中野さんがお勧めしてくれたビーフシチューをオーダーすると、彼が喜びながら厨房に消えるのを見送り、篠原さんは不思議そうに私を振り向いた。

「今日はうちに来るつもりじゃなかった、と言うことですか?」

「うん。時間も遅いし、コンビニのおにぎりにしようと思っていたから」

「……仕事ですか?」

とか言いながら、オーダーしてもいないのに、カチャカチャとカクテル作り始めてるあなたはどうかと思うけど。

目を細めてその様子を見守る。

「私がここでビールお願いしたら、そのカクテルどうなるの?」

ちらっと篠原さんが視線を上げた。

「今日はビールがいいですか? それなら、僕が飲むだけですけど」

あ。そう?

「でも、あんたビール苦手だろ」

食器を片付けていたのか、続木さんが言いながら厨房から出て来る。

一瞬だけ目が合って。それから何故かムスッとした表情で彼はフロアに向かった。


え。何かした?

そりゃ、いろいろ言ってきたかと思うけど、顔合わせるなり不機嫌になられる意味がわかんない。
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