雫に溺れて甘く香る
「なんか、頑張ってるんだね……」

そうとしか言い様はないけど。

「……まぁな。たまに……疲れる」

言いながらカウンターに沈みこむ続木さんを眺め、烏龍茶を飲んだ。

これは……愚痴なのかな。たぶん、そうなんだろうな。

お仕事中……ではないだろうけど、客に対して愚痴を言うのはどうかと思うけど。でも、それだけ続木さんは私に気を許しているってこと?


……やだな。私、ちょっとズルいことを考え始めてる。

ズルいことと言うか……きっとかなり酷いことを考えている。


ペットボトルをカウンターに置くと、心の中で溜め息をついて目を細めた。


いいじゃない。お店も近々移転するんでしょう?

移転したら……会わなければいい。それだけの間なら……。


「私が慰めてあげようか?」

サラリと続木さんの髪に触れ、囁くようにして呟いた声は、静かな店内によく響く。

ピクリと続木さんが動いた気がしたけれど、彼はゆっくりと起き上がり、それから眉をひそめて私を見た。

「は?」

「……私は、わがままなんて言わないけど」

「いや。そうじゃなくて、慰めるってどういう……」

彼は言いかけて、一瞬だけ言葉を止める。


「……俺、女いるよ?」

続木さんは目を細め、真意を探るように私を覗きこんだ。

「それは……なんとなく知ってる」

「知ってるのにいいワケ?」

いいわけがない。きっと許されることじゃないけれど……軽蔑する?

でも、この瞬間、この時だけ……貴方が私のものになるんだったら、私はそれでもいいかなって思う。

「別に……」

答えると、小さく聞こえた溜め息のような吐息。


「……安い女だな」


そうかもね。たぶん、そうなんだろう。

ううん。きっと……間違いなく。


「じゃ……慰めろよ」

そう言って続木さんは立ち上がると、私の手を引く。
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