雫に溺れて甘く香る
じゃあね?
*****



あれからしばらく経ったけれど、私たちは表面上は何も変わらない。

私は“お客様”で、彼は“店員”の関係。

時々、篠原さんが不思議そうに私と続木さんを見ることがあるけど、忙しければ気にならないみたいでスルーされる。

だけど時間があれば、待ち合わせをして……。


考えれば考える程、めっちゃくちゃ不毛な関係だと思う。

空になったグラスの氷をカラカラと揺さぶりながら、目の前の篠原さんを見た。


「篠原さん。お店の移転っていつするの?」

何気なさを装って聞くと、彼は青くて綺麗なカクテルをグラスに注ぎ、カウンターに置くと軽く滑らせる。

それを近づいてきた続木さんが無言でトレイに乗せて、フロアに向かっていった。

……篠原さんと続木さんて、あまり会話しないよねー。

本当に友達か疑っちゃうんだけど。

そもそも、無表情のバーテンはどうなのかなって思うし。

考えていたら、篠原さんが口を開いた。

「一応、ここは今月末までですね。諸事情絡むと、二店舗同時にテナント契約出来ないですから」

「あ。来月にはクローズ?」

「はい。向こうの改装が終わるまで、しばらくかかるかな。場所を先にお伝えしておきますか?」

新しいお店の?

それはどうしようか。今ここで、聞いてしまうと、新店にも顔を出してくださいね、的な約束をさせられそう。

約束は守るもので、約束も出来ないのに聞くべきじゃないと思える。

「別にいいかな。ダイレクトメールくれるんでしょ?」

このが他の場所に移ったら帰り道からは外れるだろうし……。

それに、私は新しい店には行かないと思う。
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