雫に溺れて甘く香る
「新店にも来てくださいますよね?」

手に持ったグラスを拭きながら、篠原さんは首を傾げるから『あ。言われちゃったか』なんて思いながらも言い訳を考えて笑顔を返す。

「うーん。いつオープンなの?」

「予定としては10月頃ですね。揃えるものもあるし」

揃えるものねぇ。バックから手帳を取り出してパラパラめくる。

二ヶ月後……か。

「ん~……忙しいかも。今は暇だけどバタバタするかもしれないし……」

「工藤さん、レトロですね。紙媒体の手帳を使っているんだ?」

「タブレットと両方。でも、メモが貼れるし案外重宝するんだー。おっさん連中からすると、タブレット開いていたら“何を遊んでるんだ”って顔されるし、手帳を開いていたら“仕事してるな”って安心するみたいよ?」

「ああ。アナログ世代がまだいるんですね」

篠原さんが納得するのを見て頷きを返した。

「アナログ世代は、部長クラスに多いから、大変よぉ」

苦笑混じりに呟くと、唐突にガタンと音がしたから、驚いてカウンターの端を見る。

立っていた続木さんと目が合って、一瞬だけ睨まれたような気がした。


「悪い。手が滑った」

視線をずらすと、空のトレイがカウンターに無造作に置いてある。

「あ。そう……」

それから、無言でカウンタークロスを持ち、スタスタとフロアに戻っていく彼を見送った。

見送って……ちらっと、篠原さんの無表情を見る。

「……何アレ」

「いやぁ……ちょっと、わからないけど、今のは」
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