雫に溺れて甘く香る
これは悲劇じゃなくて喜劇だ。

でも、誰も笑うことがない。


わかっていることじゃないか。


最初から“彼は”誰かの恋人で、最初から“彼は”私を見てなんかいない。

そして私も“最初から”彼を誰かから奪おうとはしていない。

ただ、一緒にいられる時間があればそれでよかった。


だから、それがわかっている上で手を出したのに、嫉妬をするのはお門違いだと思う。


よし。やめよう。

やっぱりこういうのはしょうに合わない。

だいたい私、悲劇のヒロインを気取るようなか弱い女じゃないじゃない?

どっちかと言ったら、サバサバ系で通ってますよ。

サバサバ女が、シクシク女を演じるなんて、滑稽以外のなにものでもないじゃんか。

笑われるなんて真っ平ごめん。

だから、ズルズルはやめて、スパッと断ち切ってしまおう。

どうせ今月ももう少しで終わるんだし、ある意味ではキリがいいじゃない。


シャワーを浴び終えると予備のバスタオルで髪を拭いて、彼が持ってきてくれたのか、いつの間にか置いてあったバスローブに袖を通し、スタスタと部屋に戻る。

戻ると、ベッドに腰をかけた彼がこちらを見ていた。


「おはようございます」

「……さっきも言ったけど」

「寝ぼけた挨拶はノーカウントにしてもらえると助かる」

きびきび言いながら服を探す。

「さっきのは寝ぼけてたのか?」

「朝が弱いの。だいたいシャワー浴びるまで目が覚めない」

服を見つけて着替え始めると、そんな私を見ながら彼は足を組んだ。
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