雫に溺れて甘く香る
「久しぶりに楽しく飲めました」

呟くようにして言うと、隣りに立っていた営業マンの……柳原さんが、ひょいっと私を見下ろして、面白そうに笑う。

「いつも楽しくないの?」

いつも一人で飲んでいたし、前の合コンでは散々だったしなぁ。

それに……。

「……仕事では、楽しくというわけにも行きませんからねぇ」

ああ……と、呟き返して彼は笑った。

「俺も久しぶりに楽しかったかな。いつも面白くなかったから」

それは主に原さんの事なんだろう。

そう思いながら彼の後ろを見ると、こちらを……。

正確には柳原さんの後ろ姿を、驚いたように呆然と見ている彼女を見つけた。

「あれ……?」

どうして驚いているのかな?

「え?」

振り返ろうとした彼を、掴んで制止する。

「あ。ダメダメ、振り返らないで」

「何が……?」

困惑している柳原さんに微笑みを向けながら、戸惑ったような表情になった原さんを眺める。

ああ。これはもしかして、柳原さんと似たような状態にあるのかな?

「柳原さんて、いつも原さんに意地悪しながら甘やかしていたでしょう。飲み会に行っても、結局帰りは送って帰るとか」

「何? どういうこと? と言うか、どうしてわかるの?」

あ。図星なんだ?


「幼馴染みのお兄ちゃんから抜け出すためには、甘やかしているだけじゃダメなんですけどね」

「そうなの?」

「そりゃそうでしょう。貴方は原さんを好きだと自覚したのはいつなんでしょうか?」

彼は考えて……それから眉を上げた。

「ここで俺が工藤さんを送るとか言ったら、少しは気にかけてもらえると思う?」

「思いますね。でも、これはあくまで可能性の低い賭けですよ?」

なんとなく共犯者の笑みを浮かべ、それから同時に集まっている皆をパッと振り返った。
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