雫に溺れて甘く香る
無言のままで二階に着くと、エレベーターを降りながらまた手を掴まれた。

これは掴まれたって言うよりも、捕まえられているような気がしないでもない。

そのまま見覚えのある店名の看板が見え、続木さんがガラス扉を開くと、目に飛び込んできたのはカウンター席……。

そしてグラスを拭こうとして、目を丸くして固まった篠原さんの姿だった。


彼は私を見て、それから続木さんを見て、最後に捕まえられたままの手を見て目を細める。


えーと。お久しぶりです。


「シノ……」

「あー……はいはい」

紙袋を差し出す続木さんに、諦めたように手を伸ばしてそれを受けとる篠原さん。

「金曜なんだけど。そうなる?」

「大丈夫だろ?」

「わかったよ。お疲れさん」

篠原さんは最後に溜め息をつくと、紙袋を持って奥に消えた。


彼らにしか通じない会話が、何だか成立しているらしい。

「あの……?」

声をかけたら、続木さんが私を見下ろした。


「話がある」

低い声で言われて、ヒュッと息を吸い込んで止めた。

私には無いんだけどなーって……言っても無駄なんだろうけど……。

とてつもなく言いたい。

めちゃめちゃ言いたい。

けど、無言でいたら、手を掴まれたままに、お店から連れ出された。
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