雫に溺れて甘く香る
「ちょっと! どこ行くつもり!」

彼にぐいぐい引っ張られながらエレベーターに乗せられ、無言で壁際に追い詰められると顔の横に手をつかれた。

鼻先数センチに、続木さんの端正な顔が近づいてくる。

それを凝視してしまいながら、冷や汗が流れた。


これが噂に聞く“壁ドン”ってやつだろうか?

でもちょっと待って? 壁ドンって確かトキメキワードじゃなかった?

まかり間違っても、こんな睨まれて竦んじゃうような雰囲気じゃないはずだよね?

これ、完璧に威嚇されてるよね?

気のせいじゃないよね?


心臓はバクバクしてるけど、絶対にドキドキじゃなくて、どっちかって言うと『ひぃぃい!』って、感覚だ。

そ~っと視線をずらそうとすると、顎を持たれて無理矢理視線を合わされる。


「話がある」

「わ、わかりました……」

私だって命が惜しい。コクコク頷くと、続木さんは離れてくれた。

ホッとして、一階のパネルボタンに触れる続木さんを眺める。


なんだろう。ずいぶんと怖い雰囲気なんだけど、私が何をしたって言うつもりなの。

いや、確かに半年くらい放置したけど、だいたいそれで怒られるのはおかしい。

怒られるような間柄でもなかったじゃないか。

私が怒られるのはおかしい。
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