雫に溺れて甘く香る
「早く出ろ」

入れと言ったり出ろといったり、何がなんだか……。

「それとも、今ここで本当に襲われたいか」

それはご勘弁を……っ!

慌てて脱衣所に出てタオルを巻いた後に、続木さんが出て来て素通りして行った。

本当に何? それに、服はどこなんだろう。

とりあえず備え付けのバスローブに袖を通し、そっと部屋の方を伺った。

開け放たれたクローゼットにきちんとかけられた私のスーツ。その下にバックが見える。

隣にはテレビと小さな冷蔵庫が並び、視線を動かした先に大きなベット。

そこに、煙草に火を点けたばかりの続木さんが座っていた。

甘い香りの煙……その奥から見える視線と目が合う。

「座れ」

そう言われて、ベットから離れたソファーに座ると……。


「……なんでそこなんだ?」


思い切り睨まれた。


「別にいいじゃない。ここでも」

「そこで寝るのか?」

「か、帰るよっ!」

「ずぶ濡れのスーツで?」

……なんで急に優しくなってるの。

だいたい、人が雨に濡れてようが気にもしなかったじゃないか。
出会った当初なんて邪魔者扱いしたじゃない。

なのに……なんで。


「サヨナラって何?」

イキナリ言われて、俯いた。

「どういう事?」

どうだっていいじゃない。

「答えたらどうだ?」

「答えたくない」

呟くと、溜め息が聞こえて来た。

「答えたくない……ね」

小さく絹擦れの音が聞こえて、影が近づいてくる。

「さっき泣いてたけど、何故?」

何故……って、それは。

「関係ないって言われて、言い返さないのはどうして」

だって、言えるだけの強い関係なんて……私達には無いじゃない。

「俺、こんな中途半端は面倒なんだけど?」

だから、やめようとしてるじゃない。


なのに──…
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