雫に溺れて甘く香る
「何か文句あるか」

「いいえ。無いです」

何となく姿勢を正している私に、続木さんは眉を寄せる。

「何で敬語になってんだ」

だって、何て言うか……。

「焼きもち焼かれたことなんて、人生初の事で……こういう時って、ど、どうすればいいの?」

自分でも挙動不審なのはわかっているけど。

あちこちに視線を飛ばしたり、意味もなくおしぼりで手を拭いたり、カウンターを拭いたりしていたら、その手をパシッと掴まれる。


「こっち見ろ」

「……え」

それは恥ずかしくて嫌なんだけど。

「早く……シノが戻ってくるとうるさいから」

うるさいからって言うよりは、からかわれそうな事してるよね。

意を決して視線を合わせると、軽く目を見開かれた。


「……こういう付き合いに慣れてるのかと思った」

「慣れてるよ! 最初に男と付き合ったのは中学時代だよ!」

「いや。なんかそれはそれでムカつくから、いらん情報吹き込むな」

続木さんは手を離し、天井を見上げるとふーっと息を吐く。

「ちょっと、一服してくる」

「ああ、うん。いってらっしゃい」

厨房に向かう彼と入れ違いに、パスタを持った篠原さんが現れた。


「何かありましたか?」

続木さんの消えた方向を見つめて、篠原さんは私を振り返る。

「いえ、別に!」

ハキハキと答えると、無言でじっと見つめられたけど、答えるつもりはないもんね!
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