あなたの「おやすみ」で眠りにつきたい。
家の門の外で立ち尽くし、私は自分より背の高い主任を仰いだ。
彼の背後には澄んだ空が広がっている。
「……本当にいいんですか?」
「まだそれ言ってるのか。それは散々話しただろ?綾音を始めて抱いたときから、もし妊娠したら責任はちゃんと取るつもりでいた」
既に覚悟は出来ていたという主任は堂々とした表情だ。
一方で、全く覚悟が決まっていないのは、私。
「……結婚相手って生涯のパートナーなんですよ?」
「知っている。でもお前となら不安なんてない。いいから黙ってついてこい」
うだうだする私にしびれを切らした主任が、インターホンを押してしまった。
家の奥でははーいという声が聞こえてパタパタと小走りをする音がする。
母だ。天真爛漫な母の歩き方だ。
「はーい。あら、綾音、やっと来たのね」
実家に帰ることは両親に伝えた。
だけど、主任を連れてくることまでは言ってなかった。
私の中に、まだ迷いがあったせいだ。
当然、私の横に立つ主任に、母は驚き、うろたえる。
「あの……この方は?」
母は私に尋ねてきたが、それより先に主任は、一歩前に出て、自己紹介を始めた。
「はじめまして。私、綾音さんの上司で、井上貴幸と申します」
「上司の……方?それはそれは。娘がいつもお世話になっております」
母はそう言って頭を下げる。
二言三言、主任と母が挨拶を繰り広げているのを、私はぼんやりと見つめた。
主任が……営業スマイル全開だ。
イケメン主任の笑顔に、メンクイな母の顔から少しずつ、笑みが増していく。
少し母と打ち明けた所で、主任は本題に入る。
「本日は大切なお話とお詫びがあり、誠に勝手ながら、お伺いさせていただきました」